戦場の幽霊【3】


 レナは砂漠にいた。じりじりと太陽が照りつけるなか、浮き島のように砂の上にぽかりと突き出た岩の上に腰をおろしていた。旧世界を壊した張本人のひとりであるが、周囲の景色に心動かされることはない。あれはある意味で起こるべくして起きた終焉なのだ、とレナは認識している。
 眼前に左手を持ち上げると、親指から順に握りこんでいく。今度は逆に小指から開いていく。なめらかでくせのない動き。この手が造り物だと聞いて、はたしてどれだけの人が信じるだろうか。左手だけではない。彼女の体のほとんどが人工物で成り立っている。自前で生身なのは脳の一部だけである。強化骨格に人工筋肉。ラジエーターにジェネレーター。人工皮膚におおわれた見た目は昔と変わらないが、中身はかつてアレックスが説明したとおりのものになっている。
 先ほど左手でおこなった動作を右手でも繰り返す。これは一種の儀式だ。まだ自分の体が動く、ということを確認するためための。すでにアレックスの告げた稼働年数を超えている。それほどに先の終戦から長い時間がたっていた。メンテナンスのしかたは教えられているし、手入れ次第では予定よりも長くもたせることは可能だとは言われている。それでも、いつ機能が停止してもおかしくない状況に変わりはなかった。
 ふいに、レナは顔をあげて立ち上がる。鋭敏化した聴覚センサーが待ち望んでいた音をとらえたのだ。肩に下げていたライフルのストラップをはずす。片手で、銃口を下に向けて持つ。
 ほどなくして、陽炎の向こうからやってくるものがあった。その容姿をひと言で示すなら、《機械仕掛けの蜘蛛》である。ただし、その大きさはレナの倍をゆうに超えるが。それは、前時代の戦争に多くもちいられた多脚戦車の一種だった。足場の悪い場所での戦闘に適しており、操作には多くの場合搭載された人工知能がになっている。おそらく眼前のこれもそうなのだろう。かっての無人兵器の代表格ともいえた。
 この多脚戦車は戦争が終わった後も、こうして与えられた任務を忠実にこなし続けている。任務の終了を告げるべき人間は党の昔に沙漠の一部になっているだろう。それでも変わらずこの兵器は決められたルートを巡回し続ける。そのことを疑問に思うことはない。彼は思考しない。任務効率化のための計算はするが。機械なのだから。
 戦車上部に取り付けられた球状のサーチアイがレナの姿をとらえる。すぐさまスキャンニングを開始。自軍の識別票は確認できない。人工物で組み上げられた体。頭部に一部生体組織あり。戦車の人工知能にいくつか該当する情報がリストアップされる。けれど、そのいずれのタイプにも当てはまらない仕様。正体も所属も不明ではあるが、武器を装備していることから撃破すべき対象と判断する。
 瞬時に平時巡行モードから戦闘モードへと移行する。
 機械蜘蛛の腹が割れ、内蔵されたガトリングガンが連続する発砲音を響かせて銃弾をばらまく。威嚇も警告もなしの銃撃に、レナが立っていた岩があっという間に砕かれる。狙われていた本人はすでに飛びすさり、射程範囲の外にいる。キュン、と甲高い音が聞こえた時にはほんのわずか半歩ほど立ち位置を変える。鼻先を細身の刃が走り、砂に突き刺さる。前髪が逆立つ。すぐさま伸びたときと同じ速度で刃は戦車脚部の関節部に引き戻される。スタンニードルだ。その鋭い刃は高出力の電流をまとっており、刺さった対象の破壊と同時に動作不良を起こさせる。スタンニードルは戦車の脚の数だけ存在する。この場合は合計8本。射出速度の速さと、触れるだけでも行動に支障をきたさせる高出力電流はやっかいだ。さいわい、足の内部に収納されているため、突き出る角度や方向が一定なのでよけられないことはない。
 レナの主要装備はライフルが一丁。それもボルトアクション式大口径の銃身の長いフルレングスタイプ。通常ならば5百メートルほど先の標的を撃つための狙撃銃である。けれど、戦車の強化装甲はさらに長大で大口径の対戦車ライフルでなければ歯が立たない。それなのに、レナはあえて相性の悪い武器と戦闘法で挑もうとしている。
 多脚戦車特有の素早い足回りで、再びガトリングガンの銃口がレナをとらえる。構造上、銃身が過熱しにくいために短時間で次の銃撃ができるのだ。1分間に約4千発の弾を吐き出す火力は圧倒的だ。ただし、発射速度が上がるまでにタイムラグがある。その隙をぬって弾雨をかわす。戦車の真横に回り込んでライフルを構えた。銃床を肩につける狙撃用のものではない。脇に構えた状態でいながら、普通の人間では抑えきれない反動をねじ伏せる。
 ぐらりと多脚戦車の動きが揺らぐ。レナの放った弾丸は足の一本を吹き飛ばしていた。強化装甲の唯一の弱点部分ともいえる関節部分を狙ったのだ。格段に鈍る戦車の動き。体勢を立て直させる前に、大地を蹴る。自分の身長の倍以上の跳躍力を発揮し、体をひねって目的の場所に着地する。戦車の真上。開いた足の間に忙しく動く球状のサーチアイ。
 多脚戦車の弱点。それは上に向かっての攻撃ができないこと。もともと同じ陸戦兵器を相手にするために作られた代物であるから当然なのだが。
 ゴン、と文字通り目を回しているサーチアイと装甲の境目に銃口を押し付ける。込められている弾丸は貫通力に優れたもの。それを流れるような手さばきで連続して撃ち込んでいく。頑強な装甲も弱い部分への集中的な攻撃には耐えられなかった。とうとう戦車を貫通した弾が下の砂地にめりこんだ。7本の脚が痙攣したかのように不規則な動きをする。レナは戦車上部にあけた穴に銃口をねじ込むようにすると、その内部をまんべんなく破壊するように引き金をひいていく。一撃一撃うけるごと、戦車の上体が沈んでいく。どうっ、と戦車の腹が地に着くころには原型をとどめていない、穴だらけのスクラップに変わっていた。
 ひょいと沈黙した多脚戦車から飛び降りると、レナは小さく息を吐いた。酷使したライフルは銃身が熱をもって周囲に陽炎をつくっている。見上げれば、太陽が相変わらずじりじりと熱を放っている。先の戦闘を見ていたのはそれだけだ。砂の大地は何事もなかったかのように、熱い体を横たえている。違っているのは、浮島のようにあった岩が粉みじんに砕かれ、ひしゃげた蜘蛛のような鉄屑が転がっていることだけだ。
 それを見やってレナは笑みを浮かべる。
「幽霊は幽霊らしく、太陽の下に消えるものよね」
 前時代の遺物と存在しないはずの人物。ここで起きたのは、レナの言葉どおり亡霊同士の邂逅だ。戦争の産物はいまだに各地をうろついている。任務が果たされることも、止める者もない過去の亡霊たち。これらは今の時代においては細々と生きる人類の脅威であり、万が一にでも利用されて再び戦火が巻き起こることはあってはならない。戦争を終わらせるというアレックスとの約束を果たすためにも、レナは戦い続けている。新しい時代はまだ夜明け前。彼女が眠りにつくまでにはまだもう少し。

〈了〉

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