『恋愛大作戦☆』


「あれ?」
「どうしたの?」
 小さな森の木漏れ日の中、疑問符を掲げるふたつの声。
 先の声の主は黒い髪を短くした大きな目の人間だった。まだ若く、十代半ばぐらいだろうか。
 後の声の主は白い四つ足の緑色の目をした生き物だった。ひとかかえほどの大きさで翼と尻尾が生えている。
 黒い髪の人間の名前はシェリ。
 白い生き物の名前はルー。
「空気が変わった」
 シェリが言った。
「ボクには分からないよ」
 ルーは鼻をひくひくさせて小首をかしげる。いくぶん幼いしゃべり方だ。
「そうだね。これは人間の殺気だから」
 シェリはルーに笑いかける。
 さわさわと風が吹き、何枚かの葉が落ちた。
 ざわっ
 大きく茂みが揺れるとひとりの男が飛び出してきた。
 男は大きな体に見合った大きな剣を背負い、必死の形相でシェリとルーの前を通り過ぎていった。ふたりには全く気づいていない様だった。 シェリはルーを抱きかかえると地面を転がった。
 たたたっ
 一瞬の間を置いて、ふたりがいた場所に3つの鋭い影が突き刺さる。
「うわー、びっくりした」
 ルーが目をしばたたかせる。
「そうだね。でも殺気は消えたよ」
 シェリは服についた汚れをはたきおとす。
 がさがさがさ
 先程、男が飛び出してきた茂みから、かき分けるようにしてひとりの女性が現れた。男と違ってゆっくりとおちついた動きだ。
 薄茶の長い髪をひとつにまとめ、フリルのついた真っ白なシャツを着ている。下はロングスカートだが、スリットが入っているので動きやすそうだ。
 しかし、何より目をひくのは左腕に装備されたニードルガンである。ニードルは15センチ程の長さで鉛筆のように一方の端が鋭く尖った武器だ。引き金は手のひら部にあり、こぶしを握ることによりニードルを発射することができる。
 よく見ると、ベルト状にニードルが腰に巻かれている。
「あら?」
 女性はほほに手を当てて、驚きの声を上げた。その仕草に彼女の育ちの良さが表れている。
「ねえ、ここに男の人が来ませんでした?背中に剣を背負った男の人」
「来ましたよ。すごい勢いで向こうへ行きました」
「そうですか」
 シェリの答えに、女性はさほど残念そうでもない声を発っした。
「お姉さんはあの人を追いかけてるの?なんで?ねえなんで?」
 地面に突き刺さったニードルを引き抜いている女性に、ルーは問いかける。
「もしかしてあの男の人は賞金首で、お姉さんは賞金稼ぎなの?」
 興奮しているのかルーは背中の翼をぱたぱたと動かす。
「失礼だよ、ルー」
 シェリは苦笑している。
「いいえ、気にしませんよ。子供の言うことですから」
 女性は3本のニードルを慣れた手つきで左腕に装填した。その顔には淡い微笑が浮かんでいる。
「あなた、龍の子なんでしょう」
「そうだよ」
 ルーは女性の問いに気負うことなく答えた。
 龍とは、世界最高の生き物のことである。龍より大きな生き物も、龍より強い生き物も、龍より賢い生き物も存在しない。なぜなら、最高だからだ。
 しかし、龍と呼ばれている生き物がみな同種であるかどうかは、実のところよく分かっていない。彼らの形態も生息地も様々であるからだ。がっしりとした後肢に、巨大な翼と一体化した前肢を持ち前人未到の険しい山を根城にするもの。うろこに覆われた長大な体に鳥のような四肢を持ち、翼を持たずに空を泳ぐもの。四肢を持たず、半透明な体でうねる大海に棲まうもの。
 ただひとつの共通点といえば、いかなる争いもしないということだろう。それは、外界に興味関心を持たないためだと考えられている。しかし、これは大人の龍の話である。子供の龍は大概が中型犬ほどの大きさで、好奇心の塊なのだ。そのため、仔龍が親から離れて人里に姿を現すことも珍しくない。
「分かった!お姉さんは暗殺者なんだね!それとも殺し屋?」
「ルー!」
 さすがにシェリの口調が厳しくなる。
「残念ですが外れです」
 くすくすと女性は笑っていた。
「そうですね、少しお話をしましょうか」
「わーい!」
 女性はお茶をご馳走すると言い、シェリとルーを自宅へ招いた。そこは手入れの行き届いた大きな庭のあるきれいな大きい屋敷だった。
 天井の高い応接室のテーブルには、紅茶の入った白いティーカップ。ルーの分は浅めの碗に入れられている。
 シェリとルーの向かいに座る女性は、髪を解きシンプルなワンピースに着替えていた。ニードルガンは外している。さっきまで武器を片手に森の中にいたときよりも今の方がしっくりくる。
「私、恋をしているんです」
「じゃあ、あの男の人は恋敵?」
「それは違うんじゃないかな」
 女性は始終静かに微笑んでいて、シェリやルーの台詞にもそれは崩れない。
「私が恋しているのはあの人なんです」
「好きな人を攻撃してたの?愛のムチ?単なる趣味?」
「…ルー」
「ちゃんとあれには意味があるんです。
私は早くに両親を亡くしました。ですが、働かずに生きていくだけの財産を残してくれました。なにぶん私は世間をよく知りませんし、専門の知識もありません。そのために、お金の管理は他の方にお任せしていたんです。でも、その関係でちょっとしたいざこざがありまして、危害を加えられそうになったことがありました。その時に助けていただいたのがあの人だったんです。あの人は傭兵だったんです。
 強くて大きな人。あんなに素晴らしい方に会ったのは生まれて初めてでした。その時から続く胸の高鳴り。私は恋に落ちたのです。
 私は即座にこの気持ちを伝えました。けれど、あの人は振り向いてさえくれませんでした。それを何度も繰り返し、私は考えました。振り向いてくださらないのなら対峙しよう、と」
「退治?」
「・・・」
「向かい合うということです。
私はあの人の敵になることにしました。そうすれば必然的にあの人は私のことを見てくれます」
「ニードルガンはどうされたんです?」
 シェリも女性につられたように静かな笑みを浮かべながら質問した。ルーはすでに興味を失ったのか、ごくごく紅茶を飲んでいる。
「通信販売のカタログを見て購入しました。取り扱い説明のビデオがついていて、初心者にも簡単に使えるんですよ。その上、射出速度が変えられるので遠中近距離に対応できます。あなたもどうですか?お値段のほうもお手ごろですよ」
 ルーの碗に新しい紅茶を注ぎながら女性は答えた。
「いいえ、結構です」
 シェリはその申し出を丁寧に辞退した。
「あなた方はなぜ旅をしてらっしゃるのですか?」
 門のところまで女性はシェリとルーを見送った。
「ルーの家族を探してるんです」
「見つかるといいですね」
「うん」
「・・・そうですね」
「さようなら」
「さようなら」
「ばいばい」

 

 再び森の中を歩きながら、ルーはシェリに話し掛ける。
「あのお姉さんの言ってること、ボクにはよく分からなかったな。好きな人なのに、敵になるなんて。ボクが龍でお姉さんが人間だから?シェリには分かる?」
「僕にも分からないよ。僕が男であの人が女だからかな。
少なくとも、僕はルーの敵になりたいとは思わないね」
「ボクもそれには賛成」
 小さな森の木漏れ日の中、肯定し合う声がふたつ。

<了>

 

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