Talk to D-brain


 どんなにAIの技術が進んだって、しょせん、その思考は0と1の数字の羅列にすぎない。人間のように自然な矛盾や完全なアトランダムの発生は不可能なんだよ。それでも、科学者たちは求めるんだ、『人間のように思考する機械』、『人間のような感情をもつ機械』を。
 おかしな話だと思わないかい?
 かつて、器械は人間のもつ矛盾や感情をもたない、という理由で重宝がられていたのにさ。学者連中は神様にでもなりたいのかね? かの偉大なる御方が土くれから人間を創ったように、金属とコードの塊に生命を吹き込めると考えているのかな? そうしてできあがったものは、はたして機械なんだろうか? 人間なんだろうか?

 ん、そういう話が聞きたいんじゃないって?
 分かってるって、忘れちゃいないさ。“D−ブレイン”のことが知りたいんだろう? そのためにもさっきの前置きはけっこう重要なんだよ。

 さっきも言ったとおり、今の純粋な科学技術だけじゃ『人間のような機械』の創造は不可能だ。でも造りたい。そこで科学者たちは、もっとも単純でオーソドックスな手段を選んだ。つまり、つまり、人間と機械を組み合わせてしまえ、ってね。まるでプラモデルの感覚だよ。
 こうしてD−ブレインという、人間の複雑な注文に柔軟に対応できる『機関』ができあがったわけさ。D−ブレインが決して『機械』と呼ばれないのにはそういう理由があるんだよ。なんてったって、まがりなりにも半分は人間なんだから。 ちなみに、D−ブレインの仕組みを簡単に説明すると。ネットワークの連結および情報処理は機械の“ブレイン”部分が、そこに人間的な思考および感情をくわえて最終決断をくだすのが人間の“D”の部分。これはあんまり知られてないけどね、“D”は“ディーン”の略なんだよ。まあ、本当はもっといろいろと複雑なプロセスやらなんやらがあるんだろうけど、おおざっぱにいえばこんな感じだな。

 なになに、倫理的な問題はどうなるって?
 利害の対立がなければたいていの物事は進んでしまうものなんだよ。それが世の中ってものさ。

 D−ブレインに関しても同じことがいえるんだよ。
 ブレインに組み込まれているのはディーン・マーショウという少女だ。皮肉なことに、彼女の父親は科学者でね。しかも『人間のような機械』製作プロジェクトの責任者だったんだ。まさに運命のイタズラというしかないね。それとも、これこそが神の采配というやつなのか?
 ディーンはレイアード病だったんだ。知っているかい? 全身のありとあらゆる感覚が少しずつ失われていく病気だよ。一千万人にひとりの確率で出るか出ないかっていうぐらい発症率は低いけれど、かかったら治療法は皆無。進行を遅らせることもできない。原因不明の史上最悪の奇病。噂じゃあ、前時代の遺伝子工学の副産物だっていう説もあるけど。
 身体中の感覚がなくなっていくってどんな感じなんだろうな。真っ暗闇で音もなく、匂いも味覚も、触れてもなにも分からない。石になるようなものかな。
 発症した患者の多くが精神を病んだり、自ら命を絶つっていうのも当然かもしれない。
 とにもかくにも、都合がいいことに、こうしてプロジェクトとマーショウ博士との利害が一致したわけだ。プロジェクトはブレイン・システムに組み込む人間を手に入れ、博士のほうは、ブレインを通して娘に再び擬似的にとはいえ感覚を取り戻させてやれる。見事きれいにおさまるものだね。
 こうして、今や世界に必要不可欠なネットワ−ク制御管理機関“D−ブレイン”が誕生したわけだ。
 そして、俺たちが見上げてるこの塔こそがその中枢になる。このってっぺんでディーンはブレインの“心”になっている。だから、俺たちは彼女のことを“スレーピング・ビューティー”とか“ラプンツェル”って呼んでるんだ。敬意と愛情をこめてな。実際、けっこうな美人なんだぞ、彼女。こいつは確かな情報だ。

 さて、これでD−ブレインに関する話は終わりだ。役に立ったかい?
 はい、毎度あり。
 ん、それにしてもずいぶん詳しいな、って?
 案外、アンダーグラウンドのほうがいろんなことが聞こえてくるんだよ。その中から情報の真贋を見極め、的確に選び出すのが情報屋の腕ってやつさ。気に入ったらひいきにしてくれよ。サービスするからさ。



 まどろみのうちに聞こえてきた単語に、おもわずわたしは笑みをこぼす。“眠り姫”も“髪長姫”も嫌いではないけれど。わたしにはもっとふさわしいのは別の呼び名だと思うの。
 わたしは“マーメノイド”。0と1の海を泳ぐ、人によく似た人でなきもの。
 どうやらわたしたちに会いに来る人がいるみたい。どんな御用なのかしら?
 さあ、ブレイン。お迎えの準備をしましょう。

<了>

 

Back

 

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送