『騒動騒霊』



『責任は取ってくれるんでしょうね』
「いや、えっとそれは・・・」
「過ぎたことは水に流そう」
『冗談じゃないわよ! 人の人生めちゃくちゃにしておいて!』
「あの時は仕方がなかったんだよ」
「野良犬にでも噛まれたとでも思って」
『わたしを傷物にして。・・・許さないわよ』
「・・・」
「・・・」

 

「というわけで、姉さん事件です」
 ぴっちりとカーテンがひかれた暗い室内。その状態でランプの灯を下から当て、顔にすごい影をつくっている。元は可愛らしいともいえる少年なのだが。
「・・・そんなことをいうためにわたしを叩き起こしたの?」
 彼をうろんげな眼差しで見上げるのは二十代半ばの女。体はまだベットの中だ。顔色が悪く、隈がくっきりと浮かんでいる。
「エスト、その方は?」
 問い掛けたのは戸口に立つ男。四十代ほどだろうか、口ひげをたくわえ二本の剣を差している。
「姉のブランシュです。姉さん、あの人はアドリーさん」
 エストの紹介にブランシュは上体を起こして肩をすくめた。彼女の視線はなぜか弟の肩口あたりに注がれている。
「昼間だというのにこんなに暗くしているのは不健康だな」
「あ・・・」
 エストが声を出す間もなく、窓に近づいたアドリーはカーテンを開けた。
「ああ、姉さんしっかり! アドリーさんカーテン閉めて!」
 ベットの上ではブランシュが悶絶していた。
「姉さんは陽光が天敵なんです」
「・・・アンチデッドか?」
「違います、れっきとした人間です! まあ、片足あの世に突っ込んでるような人ですけど。ネクロマンサーですし」
「おじい様が、死んだおじい様がマンドラゴラのお花畑で手を振ってたわ・・・」
 ブランシュががなんとか意識を取り戻す。
「あの世に逝っても薬草学研究に勤しんでいるんだね」
 感涙するエスト。アドリーはその光景を遠巻きに見ている。と、その視界の端を何かがかすめる。それは数少ない部屋の調度品である置時計であった。その時計がふわふわと浮いている。それだけではなかった椅子や果ては机までもが飛び上がる。
『いいかげんにして!』
 怒気を含んだ若い女の声。だがブランシュのものではない。 『さっきからちっとも本題に入らないじゃない!』
「ちょ、ちょっと落ち着い」
 伏せたために語尾が切れる。一瞬前まで頭があった位置を分厚い本が通過していった。
「ねえ、エスト。あんたがここに来たのって、後ろの娘が原因かしら?」
「そうなんです、姉さん」
 ブランシュの指した方を見やり首肯する。そこは一見何もない虚空。しかし、見える人間には怒りに身を震わせる少女が見えるだろう。
「なんで幽霊なんぞをわたしのとこに連れてくるのよ」
「それはあなたに彼女を蘇らせてもらいたいからなのです」
 そう答えたのは、匍匐前進で這ってきたアドリー。彼にも少女の霊は見えている。
「そういうこと」
「姉さん引き受けてくれます?」
「いいわよ」
 ブランシュは手を差し出した。エストはそれを見つめて疑問符を浮かべる。
「仕事の依頼なら、ちゃんと払うもん払いなさい」
「可愛い弟が頼んでるんですよ〜!」
「・・・分かったわ。兄弟割引にしてあげる」
 無事に商談がまとまり、空中を舞っていたものは元の場所に落ち着く。
「あなたの名前は?」
『ジニアよ』
「体はどこにあるの?」
 途端に沈黙が降りた。ブランシュ以外の三人は互いに顔を見合わせている。
「ないんです」
 ようやくエストが返答する。
「は?」
「彼女の体、消滅したんです。僕の力で」
「・・・あんたとうとう犯罪を」
「違います!彼女が悪魔に取り憑かれて魂にまで侵食が及んだから、彼女の魂が地獄に堕ちないためには肉体と完全に分離させる必要があったんです。髪の毛一本でも残したらそこから悪魔が復活する恐れがあったから徹底的に肉体を滅ぼしたんです」
 エストの言葉を聞き終えて、ブランシュは先ほど受け取った金を彼に返した。
「あきらめなさい。お休み」
「なんでですか!」
 ごそごそと布団に潜り込む姉を引き止める。
「ネクロマンスにおける反魂の定義を教えてあげる」
 嘆息ひとつ、布団の端をつかむ弟に細い指を突きつける。
「生前の肉体を拠り代とし、彷徨う魂を導き入れる。
つまり、体がないんじゃわたしには手も足も出ないの」
 顔にかかった色素のない髪をかきあげながら、
「分かったでしょう。だったら」
 あきらめなさいと言い掛けて、背筋に冷たいものが走った。それは殺気というものの類で、ブランシュは弟を見やった。正確にはその背後のジニアを。がたがたとベットが揺れだした。徐々にそれは大きくなり、
「分かったわよ!どうにかしてあげる!」
 ぴたりと振動が止まった。
「ただし夜になってからよ」
 それに非難がましい声をあげたのはエストだった。
「思い立ったが吉日って言うじゃないですか!」
「わたしが陽に弱いこと知ってるでしょう」
「死ぬわけじゃない」
「エストラゴン」
 その言葉にエストは悟っていた。自分が取り返しのつかない失言をしたことを。ブランシュが愛称でなく彼の名を呼ぶ時は、そう、概ね死刑宣告に近い状況だということを。ブランシュは左手を掲げている。そこから空中に魔方陣が描き出される。
「我が子よ」
 それが呪文となり、魔方陣から何かが飛び出す。それは犬の姿をしていた。しかし、全体的に爬虫類のようであり、背には翼がある。魂無き生き物、アンチデッド。
 犬もどきは奇怪な咆哮とともにエストに飛び掛る。悲鳴を上げながら少年は部屋を飛び出していった。その後を追いかけるアンチデッド。
「あなたは安眠妨害するつもりはないわよね?」
 腕組みをしていたアドリーは頷きをひとつ残して出て行った。

 

 漆黒の闇。辺りを照らすのはひとつのランプ。
「いい夜だわ」
 ポツリとつぶやいたのは白マントの女。頭からすっぽりとフードを被っている。彼女いわく白こそが死の色なのだそうだ。彼女はブランシュ。
「そりゃあ、墓荒らしをするには真っ暗なのは都合がいいよね」
 半眼でうめくのはエスト。昼間、散々姉のアンチデットに追いかけ回されたのだ。疲れたようにスコップの柄に顎を乗せている。彼らがいるのは共同墓地だった。
「それもあるけど、上を見なさい。今日は新月よ」
 黒の天上は一片の光もない。おそらく曇っているのだろう。新月かどうかは分からなかったが、夜を領域とする彼女が言うのだ、外れはない。
「夜に生きる者は多くが月の光に支配される。光が強ければ強いほど力を増す。月の光は死の光。今日は彼らの邪魔は入らない」

 

 掘り出された棺のふたを開け、ブランシュが中を覗き込んでいる。周囲には腐臭としか言いようのない匂いが充満する。
「これも駄目」
 ふたを閉め直し、
「次」
 短く指示を下す。アドリーが新たに掘り返し始め、エストは先ほどの棺を埋め直す。通常の反魂ができないジニアに対し、ブランシュがとった方法は少々特異なものだった。戻るべき体がないのなら代用してしまえというのだ。つまり他人の死体を拝借するという。そうは言ってもすでに魂が昇天しジニアと相性のいい女性の死体(最後の条件はジニアの要望)はそうそうない。しかし、これ以外に方法がほとんどないのでせっせと墓を掘り返しているのである。
「うう、手がまめだらけ」
「ちゃっちゃとやってよね」
 涙目のエストにジニアは容赦がない。手際よく穴を掘っていくアドリーに対しエストはへたり込んでいる。もはや数える気力も失せるほど墓を暴いたころ、これまで以上に長くブランシュは中の骸を観察している。やがて、穴から這い出ると、
「引っ張り出して。見つかったわ」
 それは少女の遺骸だった。病死だろうか外傷はなく、埋葬から日があさいのか腐乱もさほど見られない。どことなくジニアに似ている。これでジニア復活計画の三分の二が達成されたことになる。
 エストは唐突に全身が総毛立つような気配を感じた。彼の苦手とするものがすぐそばにいる。視線を巡らせていると、それは茂みの中から現れた。悲鳴を上げる。
「ぎゃー、屍食鬼ー!」
 姿形は人間に似、どす黒い肌に深紅の双眸。頭部にはねじれた角が生え、長い爪と頑強な牙が。その名の通り死肉を喰らう魔物だ。
「新月には現れないはずでは?」
 素早く二本の剣を抜きつつアドリーは尋ねる。
「何事にもイレギュラーは存在するのよ」
 はぐれ屍食鬼は獲物の匂いを感じ取ったのか、掘り出した棺に飛びついた。が、すぐさま悲鳴を上げて飛びのく。それを追うようにスコップが飛んだ。
『渡すもんですか』
 ジニアの台詞に呼応するかのように辺りの空気が温度を下げる。怒り心頭なのは屍食鬼も同じだった。唸り声を上げて飛び掛る。しかし、ジニアはエストの背後にいるため、必然的に彼も攻撃範囲に捉えられている。声無き悲鳴を上げながら頭を抱えてしゃがみこむ。
 屍食鬼の爪を阻んだのは白銀の刃だった。アドリーは剣で相手の腕を薙ぐ。切り落とせなかったが深手だ。その隙にエストはその場を離れる。ブランシュはすでに最初に戦場外にいた。
「何をやっとるか!」
 唐突に怒声が響き渡り、老人が現れた。腰にランタンを下げ、ひげが白くひのきの棒をついている。しかし、すがり付いているというわけでもなく、背筋はしゃっきり伸びている。
「ちっ」
 舌打ちしたのはブランシュだった。
「ギデオン」
 魔方陣から鳥形のアンチデッドを呼び出す。
「姉さん! 相手は人間だよ!」
「馬鹿言うんじゃないわ。ネクロマンサーと墓守は永遠の天敵なのよ!」
 悲鳴じみた咆哮が響いた。振り返るとアンチデッドが老墓守のひのき棒の一撃を受け消滅している。
「墓荒らしどもが!」
「よくもうちの子を・・・。ヴィンデクタス!」
 ともに怒りに震え、墓守はひのき棒を振り上げ、ブランシュは新たなアンチデッドを召喚する。じりじりと墓守とアンチデッドの距離が狭まっていく。
 姉の説得をあきらめたエストは巻き添えを避け後ずさりする。その横で墓石が持ち上がった。ジニアの仕業だ。視線を移せば、ジニア、アドリー、屍食鬼の戦いも熾烈化している。スコップや墓石が飛び交い、それを避ける屍食鬼。さらにそれを追って白銀の刃が煌めく。墓守、ブランシュ、アンチデッドの方も激化の一途をたどっていた。アンチデッドの咆哮で地面がえぐれ、墓守のひのき棒が墓石を砕く。
 結局、各戦闘は夜が明けるまで続いた。
 朝日の到来とともにブランシュは失神し、アンチデッドと屍食鬼は消滅。エストとアドリーはブランシュと掘り起こした死体を担いで脱兎のごとく逃亡。

 

 その後、無事にジニアは新たな体を手に入れ、第二の人生を送っている。

<了>

 

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