『go to the sky』



 抜けるような青空。まばらに浮いた薄い雲の間にちらりと飛空艇の姿が見えた。陽光を反射して機体が鈍銀色に光っている。

 

「よお」
 声をかけられて、リスは顔を上げた。目の前でひとりの男が笑顔で手を振っている。なぜか花束を抱えて。
「お久しぶりです、フェル」
 手についた土を払い落としながら、リスはその男――フェルに返した。
「あれ、あんまり驚かないのな」
「先程あなたの艇が見えましたから」
「なるほどね。
あ、これ親父さんに」
 フェルはリスに花束を手渡す。真っ白な花弁がふんわりと開いている。控えめな甘い香りが広がった。
「今日は、墓参りが用ですか」
 そっと、こぼれ落ちそうな花をすくい取りながらリスが尋ねる。フェルはその問いにすぐには答えず、空に視線を向ける。
「あれから、飛んでないのか?」
 かすかにリスの肩が跳ねた。ゆっくりとフェルを見る。フェルは彼女の後ろにはきっちりと扉の閉められた格納庫がある。おそらく、リスの愛機はそこに納められているのだろう。どこかその封じられ方には頑なさを感じさせる。
「…飛ぶ、理由がありませんから」
「好きだから、じゃ駄目なのか」
「残念ながらもうそこまで無邪気でいられません」
 自嘲気味にリスは哂う。
 太陽が雲に隠れ、周囲から色が消えた。そのせいか、
「それなら、」
フェルの口調が先程までと異なって、妙に真剣味を帯びて聞こえる。
 彼は彼女に手を差し出した。
「一緒に来るか?」
 彼は彼女に微笑みかける。
「丁度うちのパイロット長が引退したがってて、新しいクルーが欲しいんだ」
 相手の顔と手とを交互に見てから、リスはふと小さく口の端を持ち上げた。
「もう一度空へ上がる代わりに犯罪者に堕ちろと?」
「う〜ん、一応弱きを助け、強きを挫く義賊なんだけどな」
 困ったようなフェルの表情がおかしかったのか、小さく声をあげてリスは笑った。そして、
「わたしにください。空を飛ぶための理由と場所を」
 彼女は彼の手をとった。
 雲を押しやり、風が吹きぬけた。
「保証する」
 しっかりとフェルはリスの手を握り返す。
「よろしくお願いします、艇長殿」
 リスは笑ってそう言った。

<了>

 

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